2010年07月20日 (火曜日)
変化に適応できるものが生き残る - 2.日々の雑記...
「最も強いものが生き残るのではない、最も変化に適応できるものが生き残る」、進化論を唱えたチャールズ・ロバート・ダーウィンの言葉である。
生命の歴史が作り上げてきた生体調節系の仕組みは、複雑かつ精巧で緻密である。この生体調節系の仕組みは、社会や組織、マネジメント・システムを考える上でとても参考になる。
| 弱体化する”免疫”機能 |

人類は、ごくわずか最近までバクテリアやウイルスの多い、いまでは不潔とさえ思えるような環境で生まれ育った。そして人は、このような環境の中でバクテリアやウイルスに対する免疫を獲得した。しかし、経済的にも豊かになって、都市化が進み衛生志向が広まったことで、日常生活は年々清潔なものとなった。その結果、バクテリアやウイルスに接する機会が激減したものの、感染症やアレルギーには弱い体質となったのである。
バクテリアやウイルスの多い自然環境の中で、生命が長い歴史を経て作り上げてきた免疫機能が、わずかこの数十年間で作り出した現代社会の新しい”環境”に対応できず、機能障害に陥っている。同様に人の脳も、進化の歴史の中で育まれてきた一つの器官であるが、グローバル化、IT化など様々な”環境”の急速な変化に対応できず、成長障害に陥っている。
自然界にはバランスが作り出す「秩序」がある。そこに加わるわずかな変化と、長い時間を掛けて築き上げた変化への対応が「進化」へとつながった。近年の生活環境の激変にそのバランスが崩れ、人の機能自体が対応できずに病弱な身体を作り上げてしまった。それらは、我々自身が作り出した”環境の変化”であるにもかかわらず。
| 変化に順応する力 |
人材の育成には教育が重要である。しかし、教育そのものは何ら特別なものではなく、「刺激」または「刺激を受けるための環境」にほかならない。その刺激に敏感に反応するか、あるいは素直に受け入れることができるのかは、本人次第である。すなわち、それを自覚させ覚悟させるための教育が、最も重要なのではないだろうか。
「感じる脳」、「考える脳」を作り上げる、言い方を変えるならば、変化に順応し成長させることができる強い意思と覚悟を、その人自身が持つことができれば、きっと生き残ることができるはずである。
参考文献:公江義隆 (2009) 『第43回 変化の中で、自らを制御できるものが生き残る』
wrote by ootani : 13:52 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年05月06日 (木曜日)
「言語力」 - 2.日々の雑記...
言語力とは、コミュニケーションのために言語を運用する(話す、聞く、読む、書く、考える)のに必要な、個人に内在する能力のことです。

いま教育現場や企業などの現場では、「作文に話し言葉をそのまま書く中学生」、「面接で想定外の質問をされると答えられない大学生」、「営業報告書や会議の議事録がまともに書けない若手社員」が増えているそうです。
仕事などで本来の目的を伝えても、要点がつかめずに的外れのことを考えたり話し出したり。自分が何を考え何をしたいのかを、相手に正しく伝えることができなかったり。皆さんの職場でも、このように感じた経験はないでしょうか。
ドイツの母国語教育では、日本と同様に「話す、聞く、読む、書く」のカリキュラムの他に
・要点を聞き取る力を養うために、物語を聞き自分の力で再生する訓練
・視点を変えた時に、何が認識でき認識できないかなどを考えさせる訓練
・レポートや議事録の書き方から小論文の書き方、発表で正しく説明する訓練
などの「考える」教育が重要視され、古くから取り入れられています。
論理的思考を単純化すると「判断と根拠」(考え)、「原因と結果」(事象)に分けて考えることができます。思考や論理の基礎となるのは正確性であり、事実を記録する→描写する→報告するとの言語表現法を身に付けること、さらに「思いを述べる」ことと「考えを説明する」ことは相違することを理解し、区別することが必要です。
日本ではこの「考える」教育が不足しているのではないでしょうか。
「暗黙の了解」、「言わなくても分かってくれるはず」などの表現方法は、文化、言語、価値観などが多様化した現代社会においては通用しないはずです。イタリア料理店チェーンのサイゼリヤを飛躍的に成長させた正垣泰彦社長の「1を聞いて10を知る」ではなく「1を聞いて10の理由を考える」、私が好きな言葉のひとつです。
文部科学省は2006年から2007年にかけて、教育関係者による言語力育成協力者会議を計8回実施するとともに、2007年10月に財団法人 文字・活字文化推進機構を設立し、昨年(2009年)10月には全国1万人の学生などが参加し「言語力検定」を行っています。
wrote by ootani : 07:00 | コメント (0)
2009年12月07日 (月曜日)
五代目三遊亭圓楽の訃報 - 2.日々の雑記...
五代目三遊亭圓楽師匠が10月29日に肺がんのため亡くなりました。76歳でした。
落語は、お坊さんが檀信徒への説経をする際に、関心を持ち興味深く聞いて貰うよう工夫したことから生まれたものです。円楽師匠は「助六寺」としても有名な日照山不退寺易行院の4男として生まれ、名実ともに正統派の落語家なのではと思います。

落語家になると決意し30歳までに真打になれなかったら辞めると宣言すると、30歳を迎える約3ヶ月前に見事に真打昇進を果たします。数年経って「噺は上手いが圓生の(師匠の)真似だ」と言われ続けて悩み、一時は自殺未遂をしたほどだったとも言われています。
落語協会からの脱退騒動や落語三遊協会の立ち上げ、寄席(演芸場)の使用許可が得られないため弟子達の稽古場になるようにと、自らの私財を投げ打って「寄席若竹」をオープンさせた際には、1億4千万円の借金(総額6億円以上)をするなど、テレビなどの華やかな印象とは反して波乱万丈の人生でもありました。
私は幼少の頃、母親に映画館、演芸場や催事場などによく連れて行ってもらいました。「小さな頃からそのような文化に接することが大切だし、親の役目だと思ったから」と、後に母がそう回想しています。落語を庶民的に興じることができる寄席(演芸場)は、お気に入りの一つでした。
実家から程近い場所の「池袋演芸場」には何度となく足を運んだ記憶があります。お座敷に畳が敷き詰められていて、緑茶をすすりながら足を投げ出し、少し大人びた気持ちになりながら落語を聞く、そんな雰囲気がとても好きでした。噺家の巧みな噺ぶりを聞き、自分で想像した映像(シーン)を頭の中のスクリーンに描いていく。映画やドラマがナレーションやテロップなど明示的に表現しなければならないような場面を、口調や素振りだけで臨場感を体感する。落語が好きな理由の一つです。
古典落語の演目「芝浜」は圓楽師匠の十八番でした。実力がありながら仕事に身を入れず酒ばかり飲んでいる男が、芝浜(芝の魚河岸の浜)で大金の入った財布を拾い、浮かれ気分で大酒を呑んで眠り込んでしまう。起きてみると拾ったはずの財布がなくなり、妻に問いかけると財布を拾ったことは夢だと諭される。男は改心して懸命に働き、独立して自分の店を構えるまでに出世する。三年後の大晦日、財布を拾ったことは事実で、あの時に財布を隠したという真相を妻から知らされるという物語です。夢の中の描写から夢から覚めた場面の描写へと、語り口だけで切り替えていく。夫と妻の二役を一人でこなしながらお客さんに臨場感を体感させる、名人たるゆえんです。息を呑み、噺が終わると肩の力が抜けて自然に拍手したくなる、そんな噺家の一人でした。
ちなみに「芝浜」は噺のヤマが大晦日であることから、年の暮れに演じられることが多くこれからの季節には最適な演目となります。落語に興味を持たれた方は、ぜひ寄席(演芸場)に足を運ばれてみてはいかがでしょうか。現在、圓楽一門が使用している寄席は「お江戸両国亭」となっています。
五代目三遊亭圓楽師匠のご冥福を、心よりお祈りいたします。
Copyright © 2002-2010 by Satoshi Ootani, All Rights Reserved.





