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2012年8月 6日 (月曜日)

第49回 「失敗の本質」の感想 - 2.コラム

[2012/08/06] 第49回 「失敗の本質」

7つの視点は興味深い論点であり、あらためて勉強になります。

要因の分析結果としては、日本的な思考方法や日本人特有の組織論にあるのではとのことでした。

過去の失敗から学ぶべき点は沢山ありますが、どのような視点でその物事を分析するかによって、導く結論が相違してくるのだと思います。

私は、日本的な思考特性などそれらの要因を誘導してしまうのは、日本という風土や国民性からきているのだと分析しています。

狭く閉ざされた島国の民族は、そもそも広く開放された大地で異なる人種(異なる考えを持つ人)と生活するなどの発想がありません。そんな狭い空間で育った環境から、いざ戦争となった時には物資と人員をかき集めて(物資と人員さえかき集めれば何とかなる)手当たり次第に作業を始めてしまったりと、「物と量」で対抗することだけを発想してしまうのだと思います。

そもそも価値観は同じなので、集まりさえすればきっと大丈夫なんだと。

日本人は、同一文化、同一民族が集まった「価値観が同じ」生活が前提であり、欧州など海外の人たちは、一つの国の中に異文化、異民族が当たり前の「価値観が異なる」が前提で生活している違いが、大きいのだと思います。そのスタートラインが「そもそも、同じ(差が少ない)」と「そもそも、異なる(差が大きい)」では、思考回路に大きな隔たりがあるのも当然ではとも感じています。

そもそも人それぞれのレベルやスキルのデコボコはあまりない、そんな感覚から特質すべき何か(偶然も含む)やスーパーマンを求めたりするのかもしれません。そんなことから、当たり前のことを着実に遂行したり、できることから地道に変化させていくことが、日本人には向いているのではとも思います。(よって、イノベーションを生みにくい)

人それぞれのレベルやスキルのデコボコを、まず全体を平準化させて均一化、統一化する。そしてそのレベル全体をあげていく。そのようなことが求められるのだと思います。誰もが理解できてわかりやすいテンプレートなどを用意する、そのような基盤整備が重要になるということではと思います。

価値観は異なっていることを前提に、発想するということです。

「暗黙の了解」、「言わなくても分かってくれるはず」などの表現方法は、文化、言語、価値観などが多様化した現代社会においては通用しないと言われています。

これからは「本質と質」で対抗することを、発想できなければならないのだと思います。


最後に、私は以前に「第三の敗戦」(堺屋太一・著)を読みましたが、本質を突いた論点でかつ理論的で読みやすかったです。※個人的には、堺屋太一は好きではありませんが。

カテゴリとしては同分類となりますので、お薦めです。

wrote by Satoshi Ohtani : 2012年8月 6日 08:30

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