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2011年8月 7日 (日曜日)

自分はどう見られたいのか - 1.日々の雑記

「自分はどう思われているのか」、「自分は評価されているのだろうか」と、そんなことを気にする声を耳にする。いったいどのように思われているのか、本当に必要とされているのか。自分の評価と周りの評価とのギャップのはざまで、全てのことに自信を持てなくなった時に、ふと知りたくなるのだろうか。

「自分は他人からどのように見られたいか、思われたいか」と問われたときに、あたかも他人であるかのような目で客観的に外から自分を見た時に、と考えた人はどのくらいいるのだろう。

周りの人からどのように思われたい見られたいと考えた時に、自分がどう見られているかとの視点ではなく、「本来は自分がどうありたいと考えているが、実際にはどのようなことが不足していて、では何をすべきだろうか」と考えるべきではないだろうか。

生きていくうえでその自覚と覚悟を持って、自分自身に対して責任を求め続けなければならないのは自分であって、他人は他人でしかないのである。自分はどうありたいかがなければ、何も始まらないことにきっと気づくはずである。

周りの人の評価ほど、無責任ないい加減であてにならないものはない。自分自身で自分を正しく評価(冷静な分析)できれば、曖昧な綺麗ごとの目標を設定し満足するのではなく、より具体的な毎日の小さな目標を、コツコツと設定することができるように考えていけるはずである。

「自分はどう見られたいのか」は「自分はどうありたいのか」であって、自分はいま何をすべきかを常に探求することであり、自分自身と真摯に向き合うことではないだろうか。

wrote by Satoshi Ohtani : 2011年8月 7日 10:30

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